2024年06月30日・礼拝メモ

聖霊を欺き、神を欺いてはならない

聖書箇所: 使徒の働き5章1~16節

ペンテコステ以来、弟子達は臆病でなく、大胆に福音を語り出した。前の4章では大胆に福音を語る事ができたわけです。今まで控えていた福音を時が満ちて、語るのに少しも恐れることなく、キリストのよみがえりの事実を大胆に語り出した。本当に素晴らしい時が訪れたものだと思います。本日は、アナ二ヤ夫婦の偽りの献身と刑罰について。
1,このアナニヤは、それほどの人物ではありませんでしたが、彼の妻と共謀して、財産を売り、その代金をごまかして、外側をつくろった。すべてをご覧になっておられる聖霊を侮って、堂々と嘘をつき、自分の顔を立てようとした。
2,この事件は初代の教会に、大きな衝撃を当たえた事ですが、これから聖霊が教会のすべてを導かれる事を考えると、大きな事を意味していたに違いない。私たちも聖霊を侮ってならない。生きて働いておられる主の前に、正直でありたい。
3,人の真似は良くない。自分の財布は自分の姿です。乏しい時には乏しいように、豊かな時に豊かなように、直ぐに顔にあらわすのは良くないかも知れない。しかしここで言われている事は、神の前に偽り、ごまかして、真実な心を持って献げたものでないことを言い当てている。偽善は、神の恐ろしい罪であることを、本人も回りの人も知らされた事件でした。
4,アナニヤとサッピラの教訓を胸に刻みましょう。彼らはバルナバのまねをし、自分達も熱心な信仰者だと人からほめられたいと偽りの行為をした。全部を献げたのではなかったのに、それを全部であるかのように神を欺いた事が悪かった。心で惜しみながら良くない動機で偽善的な事をした。神は侮られるような方ではない。恐るべき裁きとなった。アナニヤとサッピラの教訓を胸に刻みましょう。
5,もしこの問題がうやむやにされたら、どうなったかを考えると、聖霊は形だけの神様に成り下がってしまい。「人間の知恵が一番、人のこざかしさが一番になってしまいます。」厳しい様ですが、これは聖い聖霊、正しい神様を欺いてはならないことを語っているのではないでしょうか。

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