2025年09月30日・礼拝メモ

9月礼拝説教集

2025年9月7日・礼拝説教要約「互いに足を洗い」

聖書箇所: ヨハネの福音書13章1~18節

ヨハネの福音書は、この世に来られたイエス様が、神であられる事を語っている。13~17章は、他の福音書に記されていない内容で、イエス様が最後の時を意識して、最後の教え(告別説教)主の胸の内を語っている。今日の箇所では、主が弟子の足を洗われた事を通して、3点を伝えている。

Ⅰ最後まで彼らを愛された—1節 いよいよ十字架の復活の時が来ている事を知っておられた主は、弟子達を「その愛を残すところなく」、  「極みまで=最高にこれ以上なく」裏切るペテロやユダ等の不信を知りながらも彼らを極みまで愛された。

Ⅱ愛の模範を示された・・・足を洗う事は奴隷の最も卑しい仕事。人に仕える事を自ら実践して示された。主が私達の足を洗う事は、主の十字架により、罪を赦し、きよめる事を暗示している。

Ⅲ互いに足を洗いなさい・・・謙遜と愛によって、主がされたように互いに足を洗い合うように。人の嫌な面や人の罪を受けとめ、赦す「愛は罪を覆う」神の愛に満たされてキリストの模範にならう者となりましょう。

2025年9月14日・礼拝説教要約「罪赦された事の幸い」

聖書箇所: テモテへの手紙第一1章12~20節

パウロにとって、テモテはかけがえのない弟子となりました。彼が福音を吸収してくれた事を何よりも感謝でした。「信仰による、我が子テモテ」と呼ばれています。

キリスト教を撲滅してしまおうと立ち上がった大迫害者であったパウロが、キリストを心から受け入れ、その宣教者となったわけです。

そして、彼は「私を強くして下さる、私達の主イエス・キリストに感謝しています。キリストは私を忠実な者と認めて、この努めに任命して下さったからです。」と告白している。

罪赦された事は、彼の過去の問題を精算できた喜びと共に、今度はキリストの弟子としての踏み出しを意味しています。主の弟子となったパウロは復活の希望にしっかりと自分を繋ぎ、すごい勢いで、信仰に宣教に立ち上がったのです。

2025年9月21日・礼拝説教要約「もう一人の助け主」

聖書箇所:ヨハネの福音書14章15~31節

今朝はヨハネ14章後半より。主が天に帰られるので動揺する弟子達に「あなた方は心を騒がせてはならない・・・。天にあなた方の住家を備えに行くのだから」と。また、「私は、去って行くが、もう一人の助け主が与えられるのだから」と語られた。

Ⅰその助け主、聖霊について

①助け主(パラグレートス)・・いつもそばに居て助ける相談者、弁護者、慰める者

②信じる者とともに居る・・いつまでも、信じる者の内に住んでいて下さる

③真理の御霊である・・聖書から霊的真理を理解できるように働く

④キリストが語った全ての事を思い起こさせて下さる。みことばに基づいた判断、決定、行動生活を可能とさせる。

Ⅱキリストの平安を遺産として与える

 この世のものとは違う平安、周りの状況、環境に左右されない、困難の中を通りながらも不動の安心、安息が与えられる。神との調和の状況に於いて与えられる平安である。

2025年9月28日・礼拝説教要約「神と人との仲介者キリスト」

聖書箇所: テモテへの手紙第一2章1~15節

ようやく秋らしい気候になりました。

今日の聖書箇所から3点について

①すべての人のためへの祈りについて。 — 祈りには願いと、祈りと、とりなし、感謝がある。私達は 自分のためだけでなく、すべての人のためにとりなしの祈りをささげ、神のご計画のためにも祈らなければならない。

②キリストは全ての人の仲介者となられた。― 神のみ旨は、全ての人が救われる事で、その為にキリストは、すべての人の贖いとしてご自分をささげられた。

③男達は怒らず、祈るべき事。女はかくれた内なる人、しとやかな霊という朽ちない飾りを身につけるべきである。

唯一、仲介者となられたキリストの故に、祈る事、救われる事ができるのです。

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