2025年12月28日・礼拝メモ
12月礼拝説教集
2025年12月7日・礼拝説教要約「主は目を留めて下さる」
聖書箇所: ルカの福音書1章38~56節
クリスマスの飾付をして、いよいよクリスマス本番に入りました。体調を整えて、風邪を引かずに待ち望みましょう。
- 48節 主はマリアに目を留めて下さった。主の母となったマリアが恐れない純真な信仰のゆえに神様は目を留めて下さった。彼女の栄光は計り知れませんが、これから忍耐と苦悩を伴うものでした。何も知らない乙女であればこそ、それを乗り越えて進む事ができたのでしょう。
- 54節 主は哀れんで下さった。
このマリアの讃美はまるで男性的で大胆な迫力を思い出すほどです。マリアは処女ですが、ゆるぎない信仰告白をもって、哀れんで下さる主に目をとめたに違いない。
2025年12月14日・礼拝説教メモ「飼葉桶のみどり子」
聖書箇所: ルカの福音書2章1~20節
クリスマスはキリストのご降誕を記念し、礼拝を献げる時。本日の主からのメッセージは、「飼葉桶に寝かせた」が3回語られている御言葉より。その理由
Ⅰ宿屋には、彼らのいる場所がなかった・・・主を受け入れない心により。主人公(主イエス)の居ないクリスマス、「ご自分の民はこの方を受け入れなかった」それ故、主は、しめ出され「戸の外に立ってたたいて」心の戸を開くのを待っておられる。
Ⅱ先客が居た・・・宿泊客でいっぱいに。私達、内住の主を心の王座から締め出していないか?この世の事、自分の思いでいっぱい。王座を主に明け渡す事、これが「きよめ」です。
Ⅲ主の深い愛の故・・・神としての栄光を捨て、ご自分を空しくし、十字架の死にまで至った極度の謙遜。そして、心砕かれた者、飼葉桶のような卑しい者の内に住んで下さるという愛によって。
2025年12月21日・礼拝説教要約「東方の博士達の来訪」
聖書箇所: マタイの福音書2章1~15節
今日は、お生まれになった救い主キリストを来訪した東方の博士達の記事からです。
- 〈東方の博士とは〉・・他の翻訳では「占星術の学者達」となっています。東方とは今のイラクやイランの地域であった。彼らは、不思議な星の出現が、ユダヤの王の生まれたしるしと、とらえて、遠い国からユダヤにやって来た。彼らの目的は、王を礼拝するためであった。ユダヤ人でない人々が救い主を礼拝する恵みに預るとは。全世界の人々の救い主として主は来られたからです。
- 主に献げた・・・〈黄金〉、王への贈り物として最もふさわしい者であった。従って王の王として当然の事であった。〈乳香〉、祭司達は乳香を神殿に献げたのである従って偉大な大祭司となる御方に対して、適切な送りものであった。〈没薬〉、死のうとしている方への贈り物である。これは、十字架の贖いの死を意味している。
それゆえ、この方こそ真の王、完全な大祭司、また人々への卓越した救い主である事を予知している。
2025年12月28日・礼拝説教要約「真の祝福と感謝」
聖書箇所: ヨブ記42章1~17節
2025年のこの1年も「ここまで主が私たちを助けて下さった」恵みにより乗り越える事が出来、感謝です。年の終わりを迎えて過ぐる冬の信仰の歩みを思い起こし乍らみ言葉の前に座りましょう。本日はヨブ記の結末の所より語られています。
Ⅰヨブ記について・・ヨブは大富豪。模範的な信仰者で全て栄えていたが、サタンはご利益による信仰で有るか無いか探ると。サタンの意に神様は任せる。それは、ヨブは全てを失い。「義人はなぜ苦しまなければならないか」の3人の友人達との論争が長く続く。
Ⅱヨブの苦悩・・苦しみは罪によると責めて来る友に対し、自分の義をヨナは主張し続けた。私達も全てが順調に行くわけではない。自分を責め、苦しむ。しかし、無力無能を知ると、そこから益に変えられて行く。神に求める道が有る故。
Ⅲヨブの祝福体験です。・・神様は嵐の中からヨブに語られる。天地宇宙の統治者である神の計画を変えることができない事を。
その後・・・神の臨在に触れ、ヨブの霊の目が開かれ、友の為に祈る者と変えられる。それこそ真の祝福です。その後、以前のような、繁栄が与えられる。





