2026年03月22日・礼拝メモ
3月礼拝説教集
2026年3月1日・礼拝説教要約「あなたも行って、同じようにしなさい」
聖書箇所: ルカの福音書10章25~37節
3月は、変動の月、新体制に向かう時期、しかし私達は大きな喪失感を持ってこの礼拝を献げる。「あなた方は心をさわがしてはならない、神を信じ、私を信じなさい」、「この希望は失望に終わることがありません」田村兄の本年の御言葉はローマ8章11節「復活の約束」です。
今日は主が語られた「良きサマリヤ人のたとえ」より
- どのような状況でこのたとえが語られたか―イエスの人気が上昇にあるのをねたんだ律法学者がイエスを試みようとした。
- たとえのあらすじ―強盗に遭って、ひん死の状態の人が助けを求めたが。祭司も、レビ人も助けず通り過ぎて行き、ユダヤ人の敵であるサマリヤ人が見て、あわれみ、介抱して助けてあげた。
- 主からのメッセージは―「誰が私の隣人」ではなく、「私が助けを求める誰の隣人になるか」神の愛を内に頂いている者に愛を実践する事の重要性を語っている。田村兄はこの教会を愛して、あらゆるメンテナンスを、また幹事としてそれを実践して下さった。その最後はエノクの如く、死を覚えず天に移されたようでした。主は語っておられる「あなたも行って同じようにしなさい」37節と。
2026年3月8日・礼拝説教要約「トマスの信仰回復」
聖書箇所: ヨハネの福音書20章24~31節
田村兄が突然天に召されました。御遺族に豊かな慰めを祈ります。持病がありましたにもかかわらず、最後まで教会のメンテナンスに命を注いで下さった。計り知れない愛にただ感謝です。
今日はトマスに目を留めましょう。
彼は「イエス様の手の傷の跡を見るまで、よみがえられたなんて信じない。また、その脇腹に手を入れて見なければ、決して信じませんと、8日間頑張った。どんな思いで過ごしたでしょうか。
- 信じるまでには慎重でした。しかし、イエス様の傷跡を確かめ、後代の私達に大切な事を証詞した。復活のイエス様とやりとりした彼は多くの不信を払いのける証人です。
- 単純に悩まず受け入れるタイプもいれば、トマスのように慎重な人もいます。単純な漁師仲間の中で、とても慎重な反応を示した彼でしたが、後に素晴らしい宣教師となってインドに福音を伝えた。
2026年3月15 日・礼拝説教要約「わたしの愛にとどまり」
聖書箇所: ヨハネの福音書15章7~17節
信仰とは神様が行われる事に対し、人間がそれを担わせて頂くというものです。田村兄の召天について癒される事を祈っていましたが、神様は天に迎えられた。全ての主権者であられる神にお委ねし、従っていく。この事については「後で知る事ができる」と語られています。
今日のみことばは、ぶどうの木と枝(キリストと私達の関係)について木であるイエスにとどまるとは
Ⅰみことばにとどまる(7節)・・・みことばを心に蓄え、深く思い巡らし、自分の生活にあてはめて、実践する。
Ⅱ私の愛にとどまる(9節)・・・キリストを通して示されたアガペーの愛(十字架の愛)どんなに卑しい汚れた者をも見捨てず、生命を注ぎ出された主の愛を思いおこし、心に留め続ける事。
Ⅲキリストの戒めを守る事・・・キリストが父の戒めを守られたのと同じように戒めを守るようにと語られている。その戒めとは、「わたしがあなた方を愛したようにあなた方も互いに愛し合う事」キリストが私達のために死んで下さったように私達も自分に死んで主の愛に満たされて、豊かな愛の実を結ぶお互いとならせて頂きましょう。
2026年3月22日・礼拝説教要約「この町には、わたしの民がたくさんいるのだから」
聖書箇所: 使徒の働き18章1~11節
パウロの伝道もアテネからコリントに移った。この出来事を通して更なる勇気が与えられ、伝道に取り組ませて頂きたい。彼は天幕作りの職人でした。優れた学者であると共に、キリストの証詞をするためには自分を無にし、懸命に力を尽くしたことは大変興味深い所です。
- この地では、家族単位の救いが進んで行きました。そのような神のみ救いの業が進んだのは驚きです。志あるところには道が開かれる。
- 主は幻によりパウロに言われた。「恐れないでかたり続けなさい。黙ってはいけない。この町には、私の民がたくさんいるのだから」なんというチャレンジでしょうか。この地の伝道も、神はそのように語っているのではないか。





