2022年04月17日・礼拝メモ

十字架を越えて、葬られ、復活の栄光に輝く御体

聖書箇所「ヨハネの福音書20章1~18節」

今年もイースターの朝を迎えパウロが最も大切な事として伝えたのは「キリストは、聖書に書いてある通りに、私たちの罪のために死なれたこと、また葬られたこと、三日目によみがえられたこと」であると語っています。

1)「埋葬」イースターの思い巡らしは、十字架の上で亡くなられたイエス様の亡骸が丁重に葬られた事から。午後の3時過ぎに息を引き取られ、過越の日の日没とともに特別な安息日を迎えようと、慌ただしく事が取り測られた。墓はアリマタヤのヨセフが、自分の埋葬のために掘った穴蔵の墓でした。それはゴルゴダの丘から運び込むのに最短距離、その墓を提供した。ニコデモも加わり、日没の迫った時に、亡骸は貴く整えられて真新しい墓に葬られた。イザヤ53章の預言の通りに確かに葬られた。

2)「空の墓」マリヤが墓の中をのぞきこんで泣いていると、イエスの体が置かれていた場所に座っていた天使が「女の方なぜ泣いているのですか」と。マリヤは「誰かが私の主を取って行きました。どこに主をおいたのか、私にはわかりません。」と最初の会話は、空の墓でのマリヤと二人の天使との会話でした。

3)「復活の主との会見」次は、園の番人と間違われた復活のイエス様との会話です。園の番人なら一部収支を知っているでしょう。「あなたがあの方を運び出したのでしたら、どこに置いたのか教えて下さい。私が引き取ります」心の思いを亡骸とのお別れについやそうと。しかし、その方の声を聞く。「マリヤ」と呼ばれた聞きなれた主の声に目が開かれ、「ラボニ(神なる方)」とわかった。マリヤは主の復活の第一の目撃者となった。ついで主は40日間、復活の体を持って弟子達に現れなさった。

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