2024年10月13日・礼拝メモ
再会の希望
聖書箇所: 第Ⅰテサロニケの手紙4章13~18節
今朝は、すでに天の御国へ行かれました兄弟を偲んでの召天者記念礼拝です。人生に於いて最も悲しい事は親しい愛する人との死別ではないでしょうか。そして人の死程、人生を厳粛に考えさせられる事は無いでしょう。死は全ての人が直面する事実でいつ来るか解からない。私達の教会でもある方は、105歳、102歳、100歳と長寿を全うされた方。しかし、幼くして召された幼児も。自分の子供を先に天に送る事は大変悲しい事です。けれどもパウロがこの手紙を書いたのは人々が「他の人(世の人)たちのように悲しみに沈むことが無い」為です。悲しまなくて良いその訳について語られている。3点。
Ⅰ 復活の事実・・「眠っている人々」1節、とは信じて死なれた人々の事。眠っているので必ず目覚める時が来る。「罪の報酬は死です。しかし、神の賜物はキリストイエスにある永遠のいのちです」キリストは死んで復活されました。そのようにキリストを信じて死んだ者も復活するのです。ここに希望がある。キリスト者の死は終わりではない。
Ⅱ 主の再臨の事実・・「眠った人々をイエスと共に連れて来る」イエス様は再び天より来られる。その約束は主ご自身が語られ、また聖書に318回語られている。大約束であり、大真理です。再臨のその時、まず死んだ聖徒がよみがえり、地上で生き残っている聖徒は一瞬のうちに復活の体に変えられ引き上げられ、空中で主とお会いする。
Ⅲ 再会の恵・・主の再臨の時、すでに亡くなられた人々とは今離れ離れになっていますが、再臨の時、主は彼らを連れて来られるので、主と会い、また彼らと再会できるのです。キリスト者にとって死は永遠の別れではないのです。なんという恵みでしょう。永遠にかかわるこの事実に対し、神は全ての者が信じ、救われ、永遠の生命を持ち、復活する事を願っておられる。また、すでに天に召された人々もこの信仰が継承され、再会の希望に預る事を願っている。「彼は死にましたがその信仰によって今なお語っています」へブル11:4教会の召天者名簿を拝見すると信仰を受け継いで天に行かれた人々、また受け継いで欲しいと祈り願い乍ら天に行かれた人々を知らせられる。自分で継承が止まる事のないように。また、復活、再会の希望を持って互いに励まし合いましょう。