2021年11月21日・礼拝メモ
収穫のために働き人を
聖書箇所「マタイの福音書9章35~38、28章16~20節」
最初に国外局の動画を見ることができ、また田辺先生を通し「大宣教命令と私」というテーマで重荷を分かち合う事ができました。
更に「収穫のために働き人を」とのメッセージを頂いています。
- マタイ9章37~38節です。私の召命のことばです。しばしばこのお言葉に立ち返り、その使命を思い起こし、献身を貫いて参りました。国外局のメッセージは今、私達に福音が届けられたのはこのイエス様の大宣教命令により、誰かがこの使命を受け取って、私たちにこの素晴らしい福音を伝えて下さったからです。受けた私たちも次の人、世代にバトンを渡して行くようにと、勧められました。
- 収穫のために働き人が必要です。かって東洋の武器倉と言われたBTCでした。今は大分趣が違います。このままですと牧師がいなくなる。とても必要には答えられないジレンマにありながら、「あらゆる国の人々を弟子としなさい」ど言う言葉から、今から25年ほど前に来日して、力強い励ましを促して下さった器。Dロバート・E・コルーマン博士を思い出し、彼の本に目を留めました。神学院の大切な働きは、後継者を育て、キリストの弟子作りに貢献する事ですが、微力な者もその使命を認識して進んでいる。神の選びの器が机上の学びだけでなく、寝起きをともにしながら、人格的な交わりの中で育って行く姿を見ながら、神の恵みの業を噛みしめたいと思っています。
- キリストの教会である限り、羊飼い、リーダーが必要です。「だから、収穫の主に、ご自分の収穫のために働き手を送って下さるように祈りなさい」との使命に向かって、途切れる事なく、献身者が興される事を祈り求めよう。