2022年08月14日・礼拝メモ

獄中に在って

聖書箇所「使徒16章19~40節」

今朝の為、与えられたメッセージは、先日の林間聖会と同じようであり、同じ御霊の導きを覚えています。林聖のテーマは「囲まれしもののマスキール」で、マスキールとは、諸々の体験を通し学んだ事、教えられた事という意味です。私共は苦難試練の中で、いかに解決し、脱出しようかと行動する。しかし神は意味有って私共をそこに置き、その中で学び教えられることを願っておられる。本日も、パウロ達の体験より3つの事を。

Ⅰ.投獄迄の事より・・パウロ達はアジア伝道を聖霊に禁じられ、幻を見、導かれてマケドニヤに渡りピリピへ。すると、ルデヤとその家族が救われた。しかし、サタンも働き、迫害に遭い投獄される。聖霊に満たされ、聖霊に従っていても試練、苦難の中に置かされる。しかしそれが恵みとなる神は全てを益とされる。

Ⅱ.獄中に在って・・足かせまではめられ獄中に閉じ込められた状況で、パウロ達は、失望、不安、呟きではなく「祈りと讃美を主に献げていた。囚人達はそれに聞き入っていた」「心に恐れを覚える日、私はあなたに信頼します」詩篇56篇3節。神に信頼し、どんなに塞がれた中でも天の窓は開いている、神に祈り求めよう。祈りは讃美に変わる。それは囚人達に証詞となり大きな霊的感化を与えた。

Ⅲ.その結果・・「突然、大地震が起こった」神のご介入により全てが逆転した。看守に深い認罪が与えられ、このままでは滅びる「救われる為には何をしなければなりませんか」と。この叫びこそ明確な救いへの鍵である。彼は主イエスを信じ、その家族も信じ、バプテスマを受けた。パウロ達が何も出来ない状況の中、全能の神が御業を成された。DoingではなくBeinngである。私共が神の前にどう在るか。遜り、きよめられ、神を全的に信頼する信仰に対し、神は御業を成される。「私は全能の神である。あなたは私の前に歩み全きものであれ・・わたしはあなたを大いに増やす」創世記17章1節。

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