2022年09月11日・礼拝メモ

目で見たこと 耳で聞いたこと 心に思い浮かんだことがないもの

聖書箇所「第Ⅰコリント人への手紙2章1~16節」

第Ⅰコリントの手紙からお言葉を開きます。コリントの教会が開拓される前にはパウロはアテネに伝道した。(使徒17章)そのいきさつは使徒の働きに書かれています。

1)アテネ伝道
パウロをアレオパゴス(の評議会)につれて行き、こう言った。「あなたが語っているその新しい教えがどんなものか、知ることができるでしょうか。」パウロは願ってもないチャンスとばかり、神についての神論を展開させたのです。そして悔い改めに導きましたが、なぜか反応が良くなかった。十字架の本当の意味に至る迄にはうまく話が進まなかったらしい。神の御子の十字架と復活を伝える時、それは聖霊に全く委託して、つゆだに栄光を人の業に帰依しない廉潔さが必要です。「栄光を主に帰す」ここが曖昧であってはならない。神は人の業でない方法でなされる。それは聖霊の御業です。

2) 神の御業の特色
1.人の目にも耳にも心にも想像をこえた奧儀の御業である。
2.ユダヤ人がメシヤを十字架に付けてしまった事を悔い改める。それはユダヤ人だけでなく異邦人に迄、及んだ遠大な神の救いの御計画である事。
3.イザヤ書64~66章のお言葉によると、その謎が解ける。「ああ、あなたが天を裂いて降りて来られると、山々はあなたの御前で揺れ動きます。火が柴に燃えつき、火が水を沸き立たせるように、あなたの御名はあなたの敵に知られ、国々はあなたの御前で震えます。予期しない恐ろしいことを、あなたが行なわれるとき、あなたは降りて来られ、山々はあなたの御前で揺れ動きます。」イザヤ書64章1~3節。これは聖霊によるリバイバルの御業である。

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