2022年09月25日・礼拝メモ

私達はキリストのもの、キリストは神のもの

聖書箇所「第Ⅰコリント人への手紙3章10~23節」

  コリントの教会には分裂がありました。パウロにつく人、アポロにつく人、ケパ(ペテロ)につく人、我こそはキリストにつくと言って、党派心を抱いていた。一致を阻むもの、それは肉に属する幼子のようなクリスチャンです。ですから成長する必要がある。その為、伝道者は神の同労者として神の畑の農夫、神の建物の建築師として奉仕する。

  1. 神の畑としてのクリスチャン
    ガラテヤ5章24節「自分の肉を、その情と欲とともに十字架に付けてしまった人」です。畑とはそこで、豊かな農作物が期待されているところです。私達は、イエス様の種蒔きの譬えにある如く、良く耕された畑のように砕かれた心を持って農夫に信頼していくなら、真の実を結ぶ者となる。そして御霊により一致していく教会と成長するのです。
  2. 神の建物としてのクリスチャン
    建物は土台が大切です。その上に何をもって建てていくか、神の前にどうあるかという事。信仰者の岩盤は主イエス・キリストです。私共は、主イエス・キリストの十字架と復活という土台の上に人生を建てていくのです。終わりの時、さばきの火で焼かれて残らない木、草、藁ではなく、金・銀・宝石で家を建てるとは、永遠に残るもの、すなわち信仰と希望と愛という朽ちない資材により、「自分」と言う建物を建てるのです。
    キリストの体に加えて頂いた私達は、キリストに属する者で、全ては私達のもの、私達はキリストのもの、キリストは神のものなのです。
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