2022年10月30日・礼拝メモ

キリスト者の自由、知識よりも愛

聖書箇所「第Ⅰコリント人への手紙8章1~13節」

8章は、偶像の供え物について語られている。当時の風習、市場で売られた肉が、偶像にささげられたものが多かった。そこでキリスト者がそれを買って食べたら、偶像に犯されないかの心配をする者からの問いに対し、パウロは、基本原則により答えている。

1)食物の問題ではなく良心の問題
この世には、人間が作った神が、世界中に数限りなくあります。しかし、「世の偶像の神は実際に存在せず、唯一の神以外には神は存在していないのです。(4節)」だが、すべての人にこの知識があるわけではなく、ある人たちは、今まで偶像になじんできたため、偶像に献げた肉を食べる事のためらいから、その弱い良心が汚されてしまっています。(7節)神との関係は食物のいかんによるものでない。しかし、偶像に供えられたものを食べる事により弱い信仰者をつまづかせるなら、むしろ、断じて食べない。とパウロは語る。

2)要は知識ではなく愛である。
パウロはこの件について人を誇らすだけの「知識」と人の徳を高めるための「愛」との違いを説いた。自分が真理に歩んでいると言って、弱い人をつまづかせるのは愛が無い。私達は互いに愛し合い弱い信徒をつまづかせないため、キリスト者の自由も制限しなければならない場合もある。〈知識は人を誇らせ、愛は人の徳を高める〉自分のまわりに目を配り、十分な配慮を持ち、円熟した信仰への道を進みましょう。

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