2023年07月16日・礼拝メモ

慰めのメッセージ

聖書箇所「イザヤ書40章1~11節」

聖書の預言者は特に霊的衰退期、霊的暗黒時代に人々を励まし、神の道を解き明かす為に遣わされました。イザヤ書は大きく2つに区分されます。前半(1~39章)の審判(捕囚)と後半(40~66章)の回復の預言です。ですから今日の聖書箇所は39章までの審きより「慰めよ、慰めよ」へと全く変わった預言がなされています。今日はこの預言の内容より4つの事が語られています。

Ⅰ慰め(1~2節)・・・それは、捕囚からの釈放を意味しています。その労苦は終わり、その咎はメシヤによる贖いによって帳消しとなる。その代償として失った者の2倍の祝福を受けるのだと。私達は、罪の赦しと聖潔の恵みを頂く事でどれ程の慰めを受けることでしょうか。また聖霊は「もうひとりの慰め主」(ヨハネ14:16)と呼ばれ、聖霊が私共に強く臨まれて御言葉を聞くと私共は主に在る豊かな慰めを受ける。

Ⅱ 道を備えよ(3~5節)・・・これはイスラエルの民にとり、国への帰還準備をしなさい、その為に帰る道の整備をせよ。とまた、メシヤが来られる為の備えの必要を語った。主が荒廃した世に在る人々の心に来られる為に大路を備えよと。「谷は埋め立て、盛り上がった地は、平地にしなければならない。」バプテスマのヨハネはこう語り「悔い改めよ天の御国が近づいたから」と。悔い改めのバプテスマを説いた。また、すべての者(全人類)が再臨の主を見る。やがてその時が来るので備えよと。

Ⅲ 神の言葉は永遠(6~8節)・・・人の栄光を草花に例えて「主の息吹が吹く」と神の御意志一つで草花のように人間の栄光をしぼませる事ができなさる。人の目は目に見える栄光を求めます。政治家、学者、タレント等々、世で活躍している人々に注目する。主はそれらを果かない「花」であり「草」であると。そして「神の言葉は永遠に立つ」と。このイザヤの預言は永遠であり、預言は成就する。空しいこの世の事に心を奪われず御言葉に立った生活人生を送らせて頂きましょう。

Ⅳ 主の来臨(9~11節)・・・神は、私達の王として力を帯で天より来られる(救主の来臨)主は羊飼いとして群れを養い、集め、子羊をふところに抱くように私達を受け入れ安心させ、私達の新しい人生を導いて下さいます。また羊の為に生命を捨てる良き羊飼いです。この慰めの内容は捕囚よりの釈放でした。その労苦は終わった、私達の罪咎はメシヤの来臨により贖われ、償われた。罪の奴隷より解放され、優しい羊飼いのふところに憩う者とされた恵みを感謝しましょう。

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