2024年04月07日・礼拝メモ

主を見て喜んだ

聖書箇所:ヨハネの福音書20章1~23節             

 もの皆生きる春を迎え、生命の素晴らしさを感じます。80歳で献身神学院入学された方。癌が癒され、与えられた人生に召命を頂き年齢の壁を越えられた事は、死なずして生かされた主牧の復帰に大きな励ましが与えられました。なによりも「眠った者の初穂として、死者の中からよみがえられた主」我らの希望は、主の十字架と復活に基づいた希望である。キリストは復活後40日間に亘って人々の前に顕現された。今日の記事から、3つの事が語られています。
Ⅰ空の墓・・・マリアが週の始めの朝、墓に行くと墓の石が取り除けられていた。これは、天使により主が復活され、墓は空である事を知らせる為であったが、マリアは動揺し、御体は盗まれたと悲しみ困惑した。マリアから知らされたペテロとヨハネも空の墓を確認し、ふさぎ込んだ。彼らは「イエスが死人のうちからよみがえなければならないという聖書を理解していなかった」(9節)からであった。空の墓、それは「ここにはおられません。よみがえられたのです」の実証であった。
Ⅱ復活の主に会う・・➀マリアに・・マリアは墓の外に立たずんで泣いていた。マリアの心を覆っていたのは死なれたキリストであった。「なぜ泣いているのか」との声に振り向いたが、不信仰は復活の主をとらえる事ができなかった。「マリア」と彼女の名を呼ばれてマリアの目は開かれ、悲しみ憂いが喜びと変わった。「ラボ二」(神に対して使われる言葉)と応答し、その方は復活された神なるイエスであるとわかった。マリアは弟子達に「私は主を見ました」と伝えた。②弟子たちに・・主は復活されたその日の夕方、ユダヤ人をおそれて隠れるようにしていた弟子達の所にも現れなさった。「平安があるように」と。弟子達は「主を見て喜んだ」復活の事実を目にし、心の目は開かれ、大いなる喜びに満たされた。私達、どんな境遇の中に置かされても主に在って平安が与えられる。
Ⅲ派遣ときよめ・・「父がわたしを遣わしたようにわたしもあなた方を遣わす」贖いをなし遂げた主は、その福音宣教に弟子達を遣わされた。主の救いを体験した私共も、今置かされている、職場、家庭、地域等に各々遣わされている。その働きの為、どうしても必要なのは聖霊。主は「聖霊を受けなさい」と語られた。赦された者は人を赦す。聖霊に満たされて使命を果たそう。もし主の墓の石が、そのままであったなら・・私達の宣教は空しく信仰も空しい。だが、私達は、復活の主にお会いした!

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