2020年10月11日・礼拝メモ
眠れる者がよみがえり、そして私たちも
聖書箇所: Ⅰテサロニケ人への手紙 4章13~18節
- 台風の接近によって召天者記念礼拝が危ぶまれていました。今年は私たちの群れから二人の方を天にお送り致しました。ご遺族にとって、その痛みと悲しみは拭えない事でしょうが、お言葉を通して少しでもお慰めが与えられますようにと祈っています。
- 人が亡くなる事を「眠っている」と語られています。お墓に葬られた人を「安らかにお眠り下さい」と祈る方があるかも知りません。眠っているからには、いつか目覚める時があるはずです。イエス様が行なった奇跡の中に「人が亡くなられて悲しんでいる場面」があります。そして死人の蘇りの奇跡が行われたのです。その御業は「主イエスご自身が復活の栄光の体に蘇られたこと」の一点によってなされた奇跡です。キリストに在りて眠る事とは、そのように時が来たら目覚めて、神と共に復活の栄光の体によって永遠に神の国で生きるためなのです。
- 「再臨は突如としてやって来る」主イエス様が天から再びこられる来臨の時には、今日の聖句のように突如として起こり、私たちが主をお迎えするのです。
- 最初のステップは「空中にて主をお迎えする」のです。「人の子が力と輝かしい栄光を帯びて雲に乗って来る。」(ダニエル7:13~14)私たちも蘇って空中で主を迎えるのです。
- 先に葬られて眠っている者は置き去りにはされません。大切な事は、その時を待つ心の準備です。心の目を覚まし、神様が与えて下さった最高のプレゼント聖霊に満たされている事です。イエス様のたとえ話:花婿を迎える賢い5人の花嫁(マタイ25:1~13)のようにです。